Lee Morganのリフと出世
Lee Morgan
Episode:咀嚼がファンキーになる
1958年、Lee Morganは20歳でArt Blakeyのバンドにいた。6年後、自分の名前でジャズ史上最もキャッチーなリフを書いた。この3曲で聴けるのは、大御所の隣で吹いていた若手が、自分のバンドを率いて別の景色を作るまでの話。
冒頭のリフが全部持っていく。E♭のファンキーなフレーズが始まった瞬間に身体が動く。そのリフが10分間繰り返される。同じフレーズのはずなのに、聴いているうちにリズムセクションの重心が少しずつ移動して、ソロイストが入れ替わるたびに温度が変わる。のテナーサックスがリフの隙間を縫うように入ってくる瞬間が特にいい。Blue Noteの歴史の中で最も売れたアルバムのひとつ。
The Sidewinderの6年前。は20歳で、のバンドの一員としてこのアルバムに参加している。Bobby Timmons作のタイトル曲は、ゴスペルの呼びかけと応答をそのままジャズにしたような構造。Morganのトランペットはここではまだ「バンドの一員」の音。Blakeyのドラムが全体を支配していて、その上で若いMorganが自分の居場所を探しながら吹いている。6年後にThe Sidewinderを書く人間の、まだ完成していない音が聴ける。
The Sidewinderと同じ1964年のリーダー作。ただしこっちはファンキーなリフものではない。のピアノ、のテナーが入っていて、もっとモーダルで探索的な音楽。同じ年に、同じ人間が、こうも違う音楽を作れること。The SidewinderのMorganだけ聴くと「ファンキーな人」で終わるが、この曲を聴くとMorganの中にあった別の野心が見える。Hancockのヴォイシングが曲の色を決めていて、はその色の上を慎重に歩く。